
続き
前回の記事を書いてから数日が経ちました。
あれから時間が経ったことで、私自身も少し冷静に考えることができるようになりました。
あの時、なぜあんなに心がざわついたのか。
何に対して悶々としていたのか。
改めて整理してみたいと思います。
「そっか、うちの子だけが迷惑をかけているんだ」
まず一つ目は、やはりここです。
「そっか、うちの子だけが迷惑をかけているんだ」
という部分です。
次男坊と同級生で、同じ時期に特別支援学校を卒業し、同じ生活介護施設Aに通っていた子がいました。
次男坊が通っていた時、施設の責任者の方から、その同級生の子のことを「うちの施設に通うようになって、すごく大人しくなりましたよ」という話を聞いていました。
私は、「そうなんだ。うちの子は、やっぱり他の子より大変なんだな」と感じました。
そして先日、相方が同じ施設に通っていた同級生のお母さんから、「今は、うちの子が遠回しに対処を迫られているように感じている」という話を聞きました。
「あれ?同級生のお子さんは良くなったって聞いていたのに」
「そうなの?うちの子は爪で抓ったりするので6月から長手袋着用するように言われたよ」
「あの時、同級生の子は随分良くなって、うちの子だけが迷惑をかけているみたいに言っていたけど・・・」という悶々としていましたが、よく考えると他の利用者さんの悪口を言う施設って信用できませんよね。
それと同時に、その伝え方には細心の注意が必要なのではないかと思います。
なぜなら、聞く側はその言葉を単なる「状況説明」ではなく、「自分の子供への評価」として受け取ってしまうことがあるからです。
特に障害のある子供を育てている親は、これまで何度も、
「この子はどうしてできないんだろう」
「自分の育て方が悪かったのだろうか」
そんな葛藤と向き合ってきています。
だからこそ、支援者から発せられる何気ない一言が、想像以上に大きな意味を持つことがあります。
セカンドオピニオンとして
そして、2つ目。
それは、「セカンドオピニオンとして、今かかっているお医者さんとは別のお医者さんに相談してみてはどうか」という提案です。
もちろん、別の医師の意見を聞くこと自体が悪いわけではありません。
医療の世界でも、セカンドオピニオンは珍しいことではありません。
施設側としては、良かれと思って提案したのかもしれません。
しかし、その言葉を受け取る親御さんの気持ちまで想像できていたのか。
そこが大切なのだと思います。
そのお母さんは、子供のてんかん発作と長い年月向き合ってきています。
発作が起きるたびに心配し、病院に通い、医師と相談しながら薬を調整し、少しでも子供が楽に生活できるように努力してきたはずです。
そんな親御さんに、
「薬が合っていないんじゃないですか」
という言葉を投げかけることは、本人にその意図がなかったとしても、
「あなたが今までやってきたことは正しかったのですか?」
と言われたように感じてしまう可能性があります。
相手がどんな思いで、その年月を過ごしてきたのか。
そこまで想像することが必要なのだと思います。
今飲んでいる薬をやめて、漢方に
そして3つ目。
「今飲んでいる薬をやめて、漢方に変えた方が良いですよ」という話も同じです。
施設の人が、自然由来のものが良いという考え方を持つこと自体を否定するつもりはありません。しかし、抗てんかん薬というものは、本人の状態や副作用などを考えながら、医師と相談して長い時間をかけて調整していくものです。
親御さんにとって、その薬にたどり着くまでの道のりは、決して簡単なものではありません。
「この薬に変えてから少し落ち着いた」
そう思える薬に出会うまでに、どれだけ悩み、試行錯誤してきたのか。
そこを知らずに別の選択肢だけを提示されれば、傷ついてしまうのも無理はないと思います。
これら3つとも、善意からの一言かもしれません。
しかし善意だからといって、無条件に言って良いものではないと言うことです。
仮に言うなら、責任を伴うとともに寄り添う気持ちが相手に伝わらないと、無責任な善意の言葉になります。
施設に合わない利用者さんが退所
私が一番大きな問題だと感じているのは、
「施設に合わない利用者さんが退所という形になる」
ということです。
ただ、ここについては、生活介護施設Aだけを責めたいわけではありません。
高齢者介護の世界でも同じだと思いますが、障害福祉の現場は慢性的な人手不足です。
そして、受け入れてくれる施設そのものも不足しています。
そのため、利用者側は施設を自由に選べる立場ではありません。
もし、今通っている施設を退所することになっても、すぐ次の場所が見つかる環境であれば、ここまで大きな不安にはならないと思います。
もちろん、退所に至った経緯への不満は残るでしょう。
でも、「次はどこに行けばいいんだろう」という絶望的な不安にはならない。
相談支援専門員さんという存在がいて、一緒に次の方法を考えることができます。
しかし現実には、次の受け入れ先が簡単には見つからない。
だからこそ、施設を退所するということは、利用者や家族にとって非常に大きな意味を持ちます。
今回、私が悶々としていた理由は、おそらくこの二つだったのだと思います。
一つは、言葉の重さに対する配慮。
もう一つは、利用者側が置かれている弱い立場。
施設にも事情があります。
職員さんにも限界があります。
すべての問題を施設側の責任にするつもりはありません。
実際、その施設があることで救われている利用者さんや親御さんがいることも間違いありません。
ただ、障害福祉という、人の人生に深く関わる仕事だからこそ、技術や制度だけではなく、「言葉の扱い方」も大切な専門性の一つなのではないか。
今回の出来事を通じて、そんなことを考えました。













