のんびりいこうよぉ

障害児の父です。障害者関連、スーパーセブンとW650、プラモデル作成、そして福岡出身なので福岡ネタが大好きなアラフィフMBAホルダー。

その言葉は、誰に向けて発せられているのか 〜障害福祉の現場で考えた支援者と家族の距離〜

続き

前回の記事を書いてから数日が経ちました。

あれから時間が経ったことで、私自身も少し冷静に考えることができるようになりました。

あの時、なぜあんなに心がざわついたのか。

何に対して悶々としていたのか。

改めて整理してみたいと思います。

「そっか、うちの子だけが迷惑をかけているんだ」

まず一つ目は、やはりここです。

「そっか、うちの子だけが迷惑をかけているんだ」

という部分です。

次男坊と同級生で、同じ時期に特別支援学校を卒業し、同じ生活介護施設Aに通っていた子がいました。

次男坊が通っていた時、施設の責任者の方から、その同級生の子のことを「うちの施設に通うようになって、すごく大人しくなりましたよ」という話を聞いていました。

私は、「そうなんだ。うちの子は、やっぱり他の子より大変なんだな」と感じました。

そして先日、相方が同じ施設に通っていた同級生のお母さんから、「今は、うちの子が遠回しに対処を迫られているように感じている」という話を聞きました。

「あれ?同級生のお子さんは良くなったって聞いていたのに」

「そうなの?うちの子は爪で抓ったりするので6月から長手袋着用するように言われたよ」

 

「あの時、同級生の子は随分良くなって、うちの子だけが迷惑をかけているみたいに言っていたけど・・・」という悶々としていましたが、よく考えると他の利用者さんの悪口を言う施設って信用できませんよね。

 

それと同時に、その伝え方には細心の注意が必要なのではないかと思います。

なぜなら、聞く側はその言葉を単なる「状況説明」ではなく、「自分の子供への評価」として受け取ってしまうことがあるからです。

特に障害のある子供を育てている親は、これまで何度も、

「この子はどうしてできないんだろう」

「自分の育て方が悪かったのだろうか」

そんな葛藤と向き合ってきています。

だからこそ、支援者から発せられる何気ない一言が、想像以上に大きな意味を持つことがあります。

セカンドオピニオンとして

そして、2つ目。

それは、「セカンドオピニオンとして、今かかっているお医者さんとは別のお医者さんに相談してみてはどうか」という提案です。

もちろん、別の医師の意見を聞くこと自体が悪いわけではありません。

医療の世界でも、セカンドオピニオンは珍しいことではありません。

施設側としては、良かれと思って提案したのかもしれません。

しかし、その言葉を受け取る親御さんの気持ちまで想像できていたのか。

そこが大切なのだと思います。

そのお母さんは、子供のてんかん発作と長い年月向き合ってきています。

発作が起きるたびに心配し、病院に通い、医師と相談しながら薬を調整し、少しでも子供が楽に生活できるように努力してきたはずです。

そんな親御さんに、

「薬が合っていないんじゃないですか」

という言葉を投げかけることは、本人にその意図がなかったとしても、

「あなたが今までやってきたことは正しかったのですか?」

と言われたように感じてしまう可能性があります。

相手がどんな思いで、その年月を過ごしてきたのか。

そこまで想像することが必要なのだと思います。

今飲んでいる薬をやめて、漢方に

そして3つ目。

「今飲んでいる薬をやめて、漢方に変えた方が良いですよ」という話も同じです。

施設の人が、自然由来のものが良いという考え方を持つこと自体を否定するつもりはありません。しかし、抗てんかん薬というものは、本人の状態や副作用などを考えながら、医師と相談して長い時間をかけて調整していくものです。

親御さんにとって、その薬にたどり着くまでの道のりは、決して簡単なものではありません。

「この薬に変えてから少し落ち着いた」

そう思える薬に出会うまでに、どれだけ悩み、試行錯誤してきたのか。

そこを知らずに別の選択肢だけを提示されれば、傷ついてしまうのも無理はないと思います。

 

これら3つとも、善意からの一言かもしれません。

しかし善意だからといって、無条件に言って良いものではないと言うことです。

仮に言うなら、責任を伴うとともに寄り添う気持ちが相手に伝わらないと、無責任な善意の言葉になります。

施設に合わない利用者さんが退所

私が一番大きな問題だと感じているのは、

「施設に合わない利用者さんが退所という形になる」

ということです。

ただ、ここについては、生活介護施設Aだけを責めたいわけではありません。

高齢者介護の世界でも同じだと思いますが、障害福祉の現場は慢性的な人手不足です。

そして、受け入れてくれる施設そのものも不足しています。

そのため、利用者側は施設を自由に選べる立場ではありません。

もし、今通っている施設を退所することになっても、すぐ次の場所が見つかる環境であれば、ここまで大きな不安にはならないと思います。

もちろん、退所に至った経緯への不満は残るでしょう。

でも、「次はどこに行けばいいんだろう」という絶望的な不安にはならない。

相談支援専門員さんという存在がいて、一緒に次の方法を考えることができます。

しかし現実には、次の受け入れ先が簡単には見つからない。

だからこそ、施設を退所するということは、利用者や家族にとって非常に大きな意味を持ちます。

 


今回、私が悶々としていた理由は、おそらくこの二つだったのだと思います。

一つは、言葉の重さに対する配慮。

もう一つは、利用者側が置かれている弱い立場。

施設にも事情があります。

職員さんにも限界があります。

すべての問題を施設側の責任にするつもりはありません。

実際、その施設があることで救われている利用者さんや親御さんがいることも間違いありません。

ただ、障害福祉という、人の人生に深く関わる仕事だからこそ、技術や制度だけではなく、「言葉の扱い方」も大切な専門性の一つなのではないか。

今回の出来事を通じて、そんなことを考えました。

生活介護施設を退所した息子。その経験から考える「支援」と「尊厳」

 


我が家には現在、大学3年生の長男坊、去年3月に特別支援学校を卒業し、現在は生活介護施設に通う障害っ子の次男坊、小学校6年生になる長女の3人の子供がいます。

去年3月に特別支援学校を卒業した障害っ子の次男坊は、生活介護施設Aに通っていましたが、昨年11月ごろから生活介護施設Aから、次男坊の強度行動障害の影響で施設がうまく回らないというような内容が連絡帳に記載され、遠回しに退所を迫られるようになりました。

そこから生活介護施設Aと第三者相談員さんと私の3者で話し合いを持ちました。

退所を迫られても、次に受け入れてくれる施設が簡単に見つかるわけではありません。こちらとしては、どうにか生活介護施設Aの方で継続して受け入れてもらえないかという方向で話をまとめたかった。

しかし、連絡帳に書かれる内容は、「息子さんが介護職員の腕を抓る」とか、「駄々をこねて踵を強く床に打ちつけ、周りの利用者さんの迷惑だ」というようなことを毎日書かれていました。

知的障害者の介護に携わったことがある人、あるいは障害者福祉に関わったことがあれば、強度行動障害という言葉を耳にしたことがあると思う。

強度行動障害の主な特徴と行動

本人の意思や性格の問題ではなく、以下のような行動が長期的に繰り返されます。

・自傷行為:頭を壁に打ちつける、皮膚をかきむしるなど
・他害行為:人を叩く、噛みつく、髪を引っ張るなど
・環境変化へのパニック:予定の変更などによる大声、長時間の泣き叫び
・その他:異食(食べ物以外を口にする)、重度の睡眠障害など

つまり、本人にどんなに叩いても、言い聞かせても、自分自身で抑えられないんです。

そのため基本的な対応と支援としては、そうならない環境を整えることになります。

例えば、突然の予定変更など予期せぬ出来事への対応に弱かったりするので、あらかじめ予定を伝えておく。他にも、気が散らないスペースや、一人で落ち着いて休める小部屋(クールダウンスペース)を用意する。行動の背景の理解(応用行動分析:ABA)として、その行動が「何を訴えているのか(要求、回避、注目など)」を分析し、適切なコミュニケーション方法を学習するなどが言われています。

そこの施設はワンフロア(大部屋)で、みんなが過ごすことにこだわっているので、強度行動障害が出た時に有効とされる小部屋(クールダウンスペース)を設けることはしないということでした。

そうすると、他の人を抓るとか、床に踵を打ち付けるなどの強度行動障害の症状が出た時に、小部屋(クールダウンスペース)で落ち着かせることが有効だと知りつつ、ポリシーと合わないので「大部屋で過ごせるように厳しく躾けましょう」という始末。

それを連絡帳に書いてくる。

書かれている内容を見るたびに、相方は凹む。

最後は12月に退所し、1月から3月末までは、月・水・金は社会福祉法人Kへ、火・木はデイケアサービスにお世話になりました。そして4月から、今お世話になっている生活介護施設Bが開所したので、そちらで楽しく過ごしています。

これで生活介護施設Aとは縁が切れたと思っていました。

加えて、それは施設の運営方針に次男坊がフィットしなかっただけで、その施設があることで救われている利用者さんや親御さんがいることは間違いないので、ご縁がなかったんだと考えていました。


ところが、今日、相方が次男坊の特別支援学校時代の同級生のお母さんとランチをして、そこで話をした内容を聞いて、すごく心が悶々としています。

その特別支援学校の同級生の子も、卒業後は次男坊と同じ生活介護施設Aに通所していました。

次男坊が通っていた当時は、施設の責任者の方から、次男坊と同じ時期に入所した同級生の子について、「うちの施設に通うようになって、凄く大人しくなりましたよ」と言われ、次男坊だけが問題があるようなことを聞かされていました。

「そっか、うちの子だけが迷惑をかけているんだ」

その時はそう思っていました。

 

しかし今日、同級生のお母さんとランチしている時に、4月に入所して6月には、人を引っ掻いたり、抓ったりするので、長手袋のようなものをして通所させてくださいと申し入れられたそうです。

長手袋をつけて通所させても、子供は気持ち悪いのでしょう、自分で長手袋を外したりします。

そうすると連絡帳で、「長手袋をしても自分で外して困る」というようなことを書かれるそうです。

また、てんかん発作を持っているので、てんかんの発作が出ると座薬を入れる必要があるのですが、大人3人で抑えて対応しないといけないので大変だ。

挙げ句の果てには「てんかんの薬が合っていないんじゃないか」と言われたりしたそうです。

そのため、セカンドオピニオンとして、今かかっているお医者さんとは別のお医者さんに一度相談したらどうかと言われたりしたそうです。

うちの次男坊と同級生なので、おそらく19歳か20歳だと思います。

てんかんの発作が何歳から出たのかは分かりませんが、そのことに一番苦しんでいるのは本人と親御さんです。

仮に10歳で発病したとしたら、10年間そのことに向き合ってきたわけです。

自分の子供が、てんかんの発作で痙攣している姿を10年見てきているんです。

そんな親御さんに向かって、「薬が合っていないんじゃないか」と言うのは、「あなたが子供のためにやってきたことは、本当に正しかったのか?」と言われているのと同じです。

我が子のために心を砕きながら、誰よりも向き合ってきた母親に、それを言うのか。

しかも、障害者福祉の事業をこれまでやったことがなく、生活介護施設を開所して2、3年の素人集団が。

その言葉が、親御さんの尊厳をどれだけ傷つける言葉なのか、全く理解していない。


また別のお母さんには、お子さんのてんかん発作が治らず、医者と相談しながら長い時間をかけて薬を色々変えてきて、ようやく「この薬だ」と実感できる薬に出会った親御さんに、「今服薬している薬をやめて、漢方に変えた方が良いですよ」と提案したみたいです。抗てんかん薬って呼ばれるものは20種類以上あるそうです。その中から副作用も考えて本人に合う薬を見つけるのがどんなに苦難を要するか。

その親御さんは、さすがにブチ切れて退所したそうです。

そんな介護福祉経験がない、ど素人が生活介護施設をやっていますが、それでも、そこに通えることで助かっている親御さんがいるのは間違いない事実です。

ですが、ここの施設は言葉の重さを全く理解していないし、無意識に保護者の尊厳を傷つけています。

なので、悶々としています。

 

関連記事

tuulipuhaltaa.hatenablog.com

tuulipuhaltaa.hatenablog.com

tuulipuhaltaa.hatenablog.com

tuulipuhaltaa.hatenablog.com

tuulipuhaltaa.hatenablog.com

tuulipuhaltaa.hatenablog.com

tuulipuhaltaa.hatenablog.com

tuulipuhaltaa.hatenablog.com

tuulipuhaltaa.hatenablog.com

 

梅雨の晴れ間はセブン日和。朝んぽで出会った一台のパオ

梅雨に入ってから、週末の天気はなかなか安定しない。

雨だったり、曇りだったり。

そして、たまに晴れそうな日は長男坊から「今日は車を運転したい」と声がかかるので、最近はプレマシーで朝んぽに出ることが多かった。

それはそれで楽しい時間なのだけど、今日は長男坊は塾講師のバイト。

久しぶりにセブンを出せるチャンスがやってきた。

昨日まで雨が降っていたので、正直あまり期待していなかった。

ところが朝6時。

カーテンを開けると、空は晴れている。

しかも路面は乾いている。

このウズウズを止めるには、これはもう行くしかない。

セブンの朝んぽチャンスを逃すなんてもったいない。

以前、欲しかったプラモデルがヤフオクで出品されてて、「今度買おう」と見送った。

それ以来、そのプラモデルを目にしてない。

あの時の「あぁ、買っておけばよかった……」という気持ちは忘れない。

だから、行ける時に行く。

乗れる時に乗る。

それが私の朝んぽルール。

パーカーを羽織り、ガレージへ向かう。

いつものように、ガレージの中ではエンジンをかけない。

セブンを手で押して、ゆっくりと外へ出す。

大きなエンジン音を響かせる前の、この静かな時間も結構好きだったりする。

近所への気遣いでもあるけれど、まだ眠っている街の中で、自分だけが少し早起きして遊びに行くような感覚がある。

ガレージのシャッターを閉める。

そして運転席へ。

シートに腰を下ろし、キーをひねる。

ククッ……

ククッ……

ククッ……

ククッ……

そして、ブォーン!

一発でエンジンが目覚めた。

この瞬間は何度経験しても嬉しい。

ただエンジンがかかっただけなのに、「今日は大丈夫そうだ」と少し安心する。

古い車だからこそ味わえる、小さな緊張感。

それも含めて、セブンとの付き合い方なのだと思う。

グローブをはめる。

サングラスをかける。

クラッチを踏む。

ギアを1速へ入れる。

少し入りが硬い。

でも、オイルが温まればきっと滑らかになるだろう。

こういうところも含めて、この車の個性だ。

ゆっくりとクラッチを離す。

エンジンの回転がギアを通して後輪へ伝わる。

その力で、セブンが少しずつ前へ進み始める。

ふぅ。

無事に発進できた。

エンストしなくて良かった。

毎回乗るたびに思うけれど、この最初の数メートルが一番楽しいのかもしれない。

そして朝の交通量が少ない道路は、やっぱり気持ちがいい。

信号で止まる回数も少ないし、周りを気にせず自分のペースで走ることができる。

ただ、この時間帯ならではの注意点もある。

早朝に散歩をしているおじいちゃんやおばあちゃんだ。

道路が空いているからといって油断していると危ない。

貸切道路のように感じても、アクセルは控えめに。

セブンは速く走るためだけの車ではなく、この時間を楽しむための車だから。

渡良瀬遊水地へ向かう途中の国道で、前方に一台の車が見えた。

「あれ? パオだ」思わず声が出そうになる。

今ではなかなか見かけなくなった日産パオ。

丸いボディに、どこか愛嬌のあるデザイン。

最新の車とは違うけれど、こういう車には独特の雰囲気がある。

2車線道路で、パオは左車線。

私は右車線。

少しずつ距離が縮まっていく。

でも、この先で私は右折。

「もう少しで並べるかな」

そんなことを考えながら走っていると、ちょうど横に並ぶことができた。

運転席を見ると、向こうのオーナーさんもこちらに気づいた。

一瞬、お互いに「あっ」となったような気がする。

言葉を交わす時間はない。

窓を開けるほどの距離でもない。

でも、なんとなく伝わるものがある。

古い車に乗っている人同士なら分かる、あの感じ。

「大事に乗っていますね」

そんな気持ちを込めて、私は軽く親指を立てた。

サムズアップ。

すると、パオのオーナーさんも親指を立て返してくれた。

ほんの数秒の出来事。

でも、こういう瞬間があるから車趣味は面白い。

別に速さを競うわけではない。

高価な車に乗っていることを自慢するわけでもない。

ただ、自分が好きな車に乗って、好きな道を走る。

そして、たまに同じような車好きの人と出会う。

それだけで、少し得をした気分になる。

信号で別れる直前、バックミラーを見る。

走っていくパオ。

その姿を見ながら思う。

「あぁ、今日はセブンを出して良かったな」

まだ渡良瀬遊水地にも着いていない。

でも、もう朝んぽの目的は半分達成したような気分だった。

こういう小さな出来事があるから、また次の晴れた朝が楽しみになる。

 

梅雨の権現堂で、家族と紫陽花を楽しむ

本来であれば明日は、毎月第一日曜日恒例の「さくらモーニングクルーズ」の開催日です。

ただ、6月のこの時期の権現堂公園は、紫陽花が見頃を迎え、「紫陽花まつり」が開催されています。

 

会場周辺には多くの観光客の方が訪れるため、駐車場を一般開放するという意味もあり、今月のさくらモーニングクルーズは中止となりました。

 

そんな中、今日は時間があったので、家族で権現堂公園へ紫陽花を見に行ってきました。

駐車場に到着すると、思わず「今日はモーニングクルーズの日だったかな?」と思ってしまうほど、たくさんの車が停まっていて驚きました。

それだけ多くの人が、この季節ならではの景色を楽しみに訪れているのでしょう。

 

園内に入ると、そこには梅雨空の下で咲き誇る色とりどりの紫陽花。

青、薄い水色、紫、ピンク、白──同じ花でも、一つひとつ微妙に表情が違い、とても美しい光景でした。

花についてはほとんど知識がないのですが、ハニーの話では、紫陽花は土壌の酸度によって花の色が変わるのだそうです。

さらに、色によって花言葉の意味まで変わるというのだから面白いものです。

 

また、紫陽花は日本古来の花で、原種は「ガクアジサイ」。

昔は、お寺に咲く花という印象が強く、さらに色が変化する性質から「移り気」や「浮気」といったイメージで捉えられ、あまり好んで植えられる花ではなかったそうです。

それが江戸時代の少し前、日本を訪れたドイツの博物学者・フィリップ・フランツ・フォン・シーボルトが、その美しさに魅了され、ヨーロッパへ持ち帰ったことで状況が変わります。

 

ヨーロッパでは「東洋のバラ」として愛され、多くの品種改良が行われました。

そして、その西洋アジサイが再び日本へ渡ってきて、今では私たちが見慣れている華やかな紫陽花の景色へと繋がっているそうです。

 

そんな背景を知りながら眺める紫陽花は、ただ綺麗なだけではなく、どこか歴史の流れまで感じさせてくれます。

 

園内では、紫陽花を眺めながら茶屋でゆっくり休憩している人。

夢中になって写真を撮っている人。

静かに花を見つめながら歩いている人。

 

みんなそれぞれの時間、それぞれの想いで、この季節の景色を楽しんでいました。

 

桜の季節とはまた違う、しっとりと落ち着いた権現堂公園。

雨の多い季節だからこそ出会える、日本らしい風景がそこにはありました。

 

梅雨というと、つい憂鬱なイメージを持ってしまいがちですが、こうして季節の花を眺めながら過ごす時間も、なかなか悪くないものですね。

LOVED ONE 第8話『炎に消えた母娘』を観て感じた、“救われなかった母親”の存在

私は探偵、警察、検察、弁護士、医師などを扱ったドラマが好きで、逆に恋愛ドラマのように感動が渦巻きすぎるドラマは苦手です。

今期の春ドラマでは「LOVED ONE」「月夜行路」「未解決の女 警視庁文章捜査官 Season3」を録画して、週末の朝に少しずつ観ています。

ただ、週末はジョナくん(うちの愛車のあだ名)で朝んぽに出かけたり、最近は長男坊の車の運転練習に付き合ったりしているので、3作品を同時進行で追うのはなかなか難しい。「LOVED ONE」と「月夜行路」が先行気味で、「未解決の女」は少し録画が溜まりつつあります。

今朝は曇っていて少し肌寒かったので、朝んぽには行かず、録画していた「LOVED ONE」を観ていました。

ここから先は、第8話「炎に消えた母娘」のネタバレになります。まだ観ていない方はご注意ください。

物語は、ある母親とその親友が外出先から帰宅したところ、自宅が激しく燃えている場面から始まります。家の中には娘が取り残されており、助けを求める声が聞こえる。母親は迷うことなく炎の中へ飛び込んでいきます。

しかし、火は鎮火したものの、母娘は助からず、焼死したと思われました。

そこへ、ディーン・フジオカ演じる法医学者・水沢真澄と、法医学専門チームMEJが現場に到着します。

火災現場から回収された焼骨を調査し、人体のどの部位かを判別しながら並べていくと、本来なら母親と娘、二人分の遺骨が存在するはずなのに、見つかったのは母親一人分のみ。娘の遺骨が存在しないことが判明します。

そこから、「娘はどこへ消えたのか」という謎を中心に捜査が進んでいきます。

やがて明らかになったのは、焼死体は母親ではなく、夫の不倫相手の女性だったという事実。そしてその女性は、夫によって殺害されていました。

さらに、死んだと思われていた母親は、長年夫からDVを受けており、その苦しみを親友に相談していました。しかし、DVから逃げ出すことは簡単ではなく、娘を連れて逃亡することにも現実的な困難があった。

そんな中、自宅で不倫相手の女性の遺体を発見した親友が、「この遺体を自分たちのものとして偽装し、母娘が死亡したことにして夫から逃げよう」と考え、計画を実行したのでした。

捜査が進み、その事実が判明すると、母親と親友は死体損壊などの罪に問われる可能性が浮上します。もし逮捕されれば、娘はDV加害者である夫に引き取られてしまうかもしれない。親友はそのことを恐れ、最後まで自分たちの関与を否定していました。

しかし、夫が不倫相手殺害の容疑で逮捕されたことで、娘が父親の元へ戻る可能性は低くなり、母親と親友は安堵する。そしてドラマも、「娘と引き離されずに済んで良かった」という空気感で終わっていきます。

ただ、私はこの結末に強い違和感を覚えました。

確かに、DVから逃げたいという気持ちは理解できます。娘を守りたいという思いも分かる。けれど、それと「他人の遺体を利用して自分の死を偽装すること」が許されるかは、別問題だと思うのです。

しかも、このドラマでは、事件の大きなヒントとして、不倫相手の女性の母親が「娘が行方不明になっている」と警察に相談する場面が描かれていました。

しかし、その母親の感情は、物語の中でほとんど描かれていません。

本来であれば、その女性の母親は、「娘がなぜ突然いなくなったのか」「なぜ骨になって発見されたのか」「なぜ最後に娘の顔を見ることもできなかったのか」という、計り知れない苦しみを抱えるはずです。

母親と親友は、「娘と引き離されたくない」という強い思いから行動を起こした。しかしその一方で、別の母親からは、「娘との最後の別れ」を奪ってしまっている。

しかも、その女性は殺人被害者であるだけでなく、死後も他人の逃亡計画のために利用され、尊厳を奪われている存在でもあります。

ドラマはDV被害者側の視点を中心に、「救済」の空気で終わります。しかし私は、その裏で置き去りにされている感情があるように感じました。

「娘と引き離されなくて良かったね」という感情と同時に、「骨になった娘と再会させられた母親の気持ち」にも、もっと目を向けるべきだったのではないか。

そう感じた回でした。ドラマなので放送時間が限られているので、そこまで映像で表現をすることが難しいのは理解できます。ですが、やっぱり自己中心的だなって思っちゃうんですよね。

小6長女のお弁当と、陸上大会の朝

今日と明日は、小6の長女がお弁当持参の日。

なんでも今日は、近隣の小学校が集まって陸上大会があるんだとか。

私は在宅勤務なので応援には行けないんですが、その代わりというわけでもないけど、朝から娘のお弁当を作りました。

今日のメニューは、

  • オムライス
  • チキンカツ
  • ポテトフライ
  • ブロッコリー

という、なかなか茶色率高めのお弁当です。

最近オムライスを作る時は、普通のケチャップじゃなくて「高リコピンケチャップ」を使っています。

本当にリコピンが多いのかはよく分からないけど、ちょっと酸味が強めで、私は結構好きな味。

普段、夕飯でオムライスを作る時は、卵をフワトロにするのが好きなんですよね。

先にチキンライスを盛って、その上に半熟オムレツを乗せて、ナイフでパカッと割ると中からトロッと広がるやつ。

でも今日はお弁当なので、さすがにそれは無理。

なので、薄焼き卵を作って、一回サランラップの上に置いて、ケチャップを塗って、その上にチキンライスを載せて、ラップごと包むスタイル。

最後、お弁当箱に入れる時に、ラップをうまく外しながら着地させるんですが、毎回ちょっと緊張します。

あとはチキンカツを揚げて、ポテトフライ作り。

うちのポテトフライは、ジャガイモを5mmくらいに切って、600Wのレンジで5分くらい加熱してから、小麦粉を薄くまぶして揚げるんだけど……

今日は何を勘違いしたのか、片栗粉を投入。

しかも袋からドバッと出てしまって、かなり厚めにコーティングされました。

とほほ。

食べてみると、 「あれ、なんか粉っぽい……」

うん、ごめん。

ちょっと失敗したかもしれない。

そんなこんなで、なんとかお弁当完成。

娘は今日は高跳びとリレーに出るみたいです。

最近、高跳びの練習がうまくいってないみたいで、学校から帰ってくる時も、なんだかしょんぼりした顔をしていることが増えました。

最初のうちは相方も「どうしたの?」ってちゃんと話を聞いていたんですが、最近はちょっと「またその話か……」みたいな空気になることも。

本人としては、ただ悔しくて聞いてほしいだけなんだろうけど、毎日落ち込んで帰ってくるので、見ている側も反応が難しくなるんでしょうね。

でも、小学生くらいの頃って、そういう「うまくいかない」とか「悔しい」とかを、自分の中でまだうまく整理できない時期でもあるよなぁとも思います。

だから、今日はもう、頑張らなくていいので楽しんできてほしい。 お弁当食べながら、友達と笑ってくれてたら、それだけで十分です。

「父上、車に乗りたいです」から始まった日曜日

金曜日の夜、塾のバイトから帰ってきた長男坊が「父上、日曜日は車に乗りたいです」と言うので、今日はセブンでの朝んぽを取りやめて、長男坊の“脱・超初心者ドライバー講座”をやってきました。

朝6時に家を出て、まずは道の駅しもつまを目指します。

道の駅しもつまの食堂「陽陽」で朝食をいただきました。

のりたま納豆定食、激うま!

量もちょうどいい感じです。

長男坊はもつ鍋定食だったかな?

「和食最高」と言って、美味しそうに食べていました。

道の駅に着いたのが7時少し過ぎだったので、「家に帰るには少し早いかな」と思い、ちょっと足を伸ばして茨城空港に向かいました。

ところが、途中の案内板に「筑波山」という誘惑の文字が目に入ってしまいました。

目に入っちゃったんなら仕方ない。

目的地を筑波山へ変更。

国道125号から県道14号、214号、42号で無事に筑波山に到着。

そして42号を走り、150号(通称フルーツライン)から南下して、土浦北から常磐道に乗り、つくばJCTで圏央道に乗り換えて、9時半ごろ家に帰ってきました。

長男坊は速攻で「寝る」と言って、ベッドへGo!

そのあとは、相方と障害っ子次男坊、長女の4人で、総合文化会館で行われていたフレンドシップデーと一緒に開催されていたクラシックカーの展示会に行ってきました。



そこで、4月19日の市長選挙に新人として立候補し、現職市長にダブルスコアの票差で圧倒的な強さを見せて当選した新市長の貴志さんに、久しぶりに会いました。

少し話をして、一緒に写真も撮ってもらいました。

一緒に遊ぶようになって、もう12年になるんですね。

今では立派な市長さんです。

貴志さん、頑張ってね。

クラシックカーの展示車両数は30台くらいかな。

台数こそ少なかったけど、何人か顔見知りの人がいて、少し話をしました。

 

お馴染みのステッカーを貼った車を発見した時は、嬉しかったですね。